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ぎゃーす [その他]

40日間投稿していないからブログに広告が掲載されてしまった。
とりあえず近況報告。

ミルやん→ たまに寝ぼけて起きてきつつも冬眠中。
アリ夫→ わき目もふらず絶賛冬眠中。
マチルダ氏→ トマトを待ちわびつつ仕方なくクローバー等をつつく日々。
トチエモン→ 食って出し食って出して日向ぼっこして腹が減ったら暴れる日々。
オニール→ 12月1日に約3ヶ月半ぶりの少量うんこを出す。
サヨ→ 月末から月初にかけての残業地獄で疲労ドラクエ10が少し落ち着いたかと思ったらどうぶつの森に手を出して相変わらずゲーム漬け。

少し落ち着いたらまたいろいろ書こうと思う。
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人生の〆方 [その他]

SPA!に載ったときに、

「サヨはこんなもん飼ってたんか。」

と言っていた伯父が2月14日に亡くなった。
元々気難しい人でわたしが子供の時はマジで怖かった伯父。
その伯父が36歳のときに伯母(伯父の嫁)が脳溢血で半身マヒになった。
伯父のことだから離婚するんじゃないかと周囲の大人は心配していたそうだが、
そんなことはなく、更に気難しくなりながらも最後まで伯母を見捨てることはなかった。

だがしかしなんせ厳格で怖い。
自分の娘の宝物だったドラえもん全巻を捨てるぐらい厳格で怖い。
あまりにも厳格で怖すぎて従姉妹(伯父の娘)もグレるレベル。

そんな伯父が10年前、おばあちゃんと伯母を連れて大阪から伊賀市に移ると言い出した。
兼ねてから土地を持っていた伊賀市の住宅地に家を建てると。
親戚全員大反対。
一緒に連れて行くと言われたおばあちゃんは

「田舎がいやで出てきたのになんでまた田舎に戻らなあかんの!」

と、大激怒。
なんという正論。
正月早々、おばあちゃんの家で伯父VS親戚で大激論になり、
叔母(伯父の義妹)が怒りながら泣き出してキレて退場したのはいまや親戚で伝説になっている。

結局、伯父はそれでも家を建てた。
在職中はさすがに移住はしなかったが、
定年後、伯母を連れて伊賀市に引っ越した。

わたしは従姉妹に連れられ、伊賀市の家に遊びに行った。
正直怖かった。
怖いよ伯父怖い。
だがしかし、そこにいた伯父はまるで人が変わったように、
笑顔で従姉妹とわたしを迎えてくれた。
不仲だった従姉妹とも仲良くなっていた。

その時に初めて、伯父とテーブルを囲み一緒にお酒を飲んだ。
そこには知らない伯父の顔があり、伯母も従姉妹も楽しそうに笑っていた。
子供の頃には見たことのなかった伯父の顔。
故郷の北海道の話をたくさん聞かせてくれた。
わたしはそれから従姉妹にくっついて伊賀市のお宅に酒を持って時々遊びに行くようになった。

でも楽しい時間は長くは続かず、伯父の大腸にガンが発見される。
ずっと体調がおかしいから伯母や従姉妹が病院に行くように言っても行かず、
やっと行った頃にはレベル4に達していた。
お酒も少量しか飲めなくなり、どんどん痩せて行く伯父。
もとから細かったのに痩せるもんだから43kgとかになっていた。
なにその体重うらやましい。
とか言ってる場合じゃないほどに痩せ、
ガンの転移、薬の副作用の辛さに伯父は、昔の怖い伯父に戻って行った。

去年の6月に従姉妹と伊賀のお宅に行ったとき、
伯父の怖さはMAXに達していて、よほどしんどかったのだろう、
お出迎えをしてくれることもなく、自室にこもっていた。
わたしは借りていた本、司馬遼太郎の「燃えよ剣」を返すべく、
伯父の部屋に行った。
怖い顔をしていたので早々に退散しようと思ったが、
伯父は「おもしろかったやろ」とニッ笑い、

「おっちゃんの宝物見せたるわ」

と言って、土方歳三のテレホンカードを見せてくれた。
五稜郭のときに撮影したとされる1枚だけ残っている土方の写真
テレホンカードにしたやつ。

「おおおおおお!」

と激しく反応してしまったわたしに伯父は得意げに、

「おっちゃん、土方大好きなんや。宝物や。誰にも見せたことないんやぞ。」

と、言って笑った。
わたしは伯父が宝物を見せてくれたことと、笑顔が見れたことが嬉しくて、
伯父の部屋を出て階段をおりながら、

(ちょ、これなんて死亡フラグwwwww なんつってなーフヒヒw)

と思ったことを覚えている。
が、本当にそうなった。
わたしが伯父の笑顔を見たのはこの時が最後となり、
会ったのもこの時遊びに行ったのが最後となった。
リアル死亡フラグとかまじで凹む。

ガンと闘って5年。
転移や手術を繰り返し、最期は腸閉塞だった。
2月14日に定期投与薬のため、大阪の病院に行く予定だったらしく、
2月10日から痛かったのにずっと我慢をしていて、
2月13日の夜に倒れて悶絶するほどの痛みが襲い、救急車で搬送された。
が、受け入れてくれる病院がなかなか見つからず、2時間ほど救急車は走り、
滋賀県甲賀市の病院に運ばれて緊急手術。
伊賀から甲賀ってどんだけ忍者・・・などと思う余裕があるほどに、
この時のわたしは伯父は普通に助かるものだと思い込んでいた。

痛かったら我慢せずに14日を待たずにすぐに言えばよかったのに。

なんとなく思うが、伯父は五稜郭の土方の如く、
覚悟を決めていたのかも知れない。
腸閉塞も何度となくやっていた。
繰り返す腸閉塞、転移するガン、終わらない闘いに、
痛みや不安に、真正面から勝負を挑んだのもかも知れない。

伯父は2月14日の夜、亡くなった。
傍にいた従姉妹が、電話で席を外している間に亡くなったらしい。
また、叔母やうちの両親が慌てて甲賀市の病院にかけつけようとしていた矢先だった。

伯父は生前に「坊主ナシの家族葬で」と言っていた。
無宗教だったので読経もいらなかったらしい。
その通りに葬儀の予定は組まれ、
火葬場の込み具合も相まって、友引上等で17日の葬儀となった。
16日の通夜の日、わたしは帰らずに伯父の横で酒を呑みながら寝ずの番をしようと思っていた。
従姉妹にしてよいか聞くと、従姉妹も同じことを思っていたらしい。
妹もチューハイだが参戦したいと言ったので3人で伯父の横で酒盛り。
思い出話をしたり、伯父に手紙を書いたり、泣いたり笑ったりしながら過ごした。
思い出話が盛り上がりすぎて時には線香が消えていた。
何のために起きているのか小一時間問い詰められてこいと。

伯父に酒を一杯注いだ後、従姉妹とわたしで一升ほど呑み、妹もチューハイを3缶開け、
伯父の「いい加減にして早く寝ろ!」と言う声とともに舌打ちが聞こえた気がしたので、
お酒もなくなったことだし、線香をぐるぐるのお線香に換えて(長時間持つ)4時に寝た。
ぐるぐるあるんだったらもっと早く寝ろと。
反省はしていない。

家族葬とはよく聞くが、
僧侶もお経もなしの葬儀なんて初めてだったので、
誰がしきるの?
ひたすらみんなで伯父について話をするの?
などと思っていたが、ぜんぜん違っていた。

通夜式の式場に入ると、読経の代わりに伯父の好きだったビートルズの曲が流れていた。
全員が揃うと、これも伯父が好きだったカーペンターズの曲が流れ、
進行の人が伯父の生涯を語った。
かなり美化されていてつっこみどころが多かったが。
その後、これまた好きだったムーランルージュのサントラをBGMに焼香を通夜式は終了。

葬儀のときも同じく、式場に入るとビートルズが流れていた。
BGMが止まり、故人を思って全員で長めの黙祷。
それぞれが伯父のことを思って黙祷をした。
その後、カーペンターズの曲が流れる中、焼香。
そしてその後、伯父への手紙を読む。
わたしが通夜の寝ずの番に書いていた
「伯父に手紙を書いたり」
と言うのはこのことで、

「強制ではないが、故人にお手紙を書く人がいれば書いてください。」

とのことだったので、わたしは伯父への思いを書いていた。
従姉妹は、
「え?!書いてくれてんの?ありがとう!」
と、喪主の自分が書くぐらいだと思っていたらしいが、
フタを開けてみれば、伯父のお兄さん、叔父叔母夫婦、わたしの両親、妹、
みんなそれぞれが伯父へ手紙を書いていた。
自分で読むのがいちばんいいのだが、手紙を書いた全員、
完読できる自信がなく、進行の人に読んでもらった。
自分で読んだら絶対涙で文字も見えないどころか涙で詰まって声が出ないことは明らか。

この手紙がなんというか、凄くよかった。
親戚全員、伯父に対して、
「なぜ病院が不可欠な嫁がいるのに生活が不便になる伊賀に行くんだ」
と思っていたことは明らかで、
癌が見つかってからも大阪には帰ってこない伯父に、疑問を抱いていた者もいたと思う。
けどそれぞれの手紙には、それぞれの立場からの伯父への気持ちや想いが書いてあり、
そこには形式だけのお悔やみではなく、本当の伯父への想いが溢れていた。
みんなが思っていてもなかなか口に出さないこと、出せないこと。
大して信仰していない宗派の読経よりも、「しておかないといけない」だけの弔電よりも、
きっと故人も照れくさくて、嬉しくなる手紙の数々だったと思う。
それぞれの気持ちが詰まった手紙は、伯父の棺に入れた。

最後にお花を入れて、お酒が好きだった伯父にそれぞれが葉ですくったお酒を口に入れてあげて出棺。
出棺するとすぐに雪が降ってきた。
大阪ではめったに雪が降らないのに、
北海道育ちの伯父を送るかのように、雪が降っていた。
火葬して御骨上げをして葬儀は終わった。
帰りにはもう、雪は止んでいた。

伯父が救急車で運ばれたと聞かせれてから葬儀が終わるまで、あっと言う間だった気がする。
伯父の意向を反映したとてもいい葬儀だった。
わたしも一応、エンディングノートだけは必ず書いておこうと思った。
葬儀はフレディとガガと稲葉の歌声で飾ってほしい。
焼香のときにWE WILL ROCK YOUが流れてもいいレベル。
あ、でもやっぱりフレディが作った曲がいいな。
Killer Queenがいいな。(日本語歌詞見たらドン引きな件wwwww)

ちなみにママン好きな歌がないから好きな相撲にちなんで
「相撲甚句」を流してくれと言っていた。
♪ はー どすこーいどすこい
とか葬式で笑い殺す気かと。
とりあえず、却下しておいた。

なにより大事なのはカード類のことや保険証書のことや見られて困るものの扱い(何持ってんだと)、
そしてなによりミルやんアリ夫マチルダトッティオニールのこと。
本当に少しずつでもいいからエンディングノートは書いておこうと思った。

気難しくて人の言うことに耳を貸さない伯父だったけど、
みんないろんな想いがあったんだと、伯父を通して親戚の素敵な部分を少し垣間見れた、
そんな素敵な葬儀だった。

従姉妹にお願いして、「燃えよ剣」をまた貸してもらおうと思う。
もう1度、読みたい。
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千石先生 [その他]

わたしが小学生の頃、うちでは毎週、わくわく動物ランドと言う番組を見ていて、
わたしの楽しみは千石先生が解説してくれる爬虫類の登場だった。
家族が

 うわあああああああああぁ~・・・・気持ちわる!

と叫ぶ中、身を乗り出して見ていたわたし。
それから四半世紀後に、ブリクラで生の千石先生をお見かけしたときは、
ひとりびっくりしながら興奮した。

将来、大好きな爬虫類と一緒に暮らせるだなんて思ってもいなかったあの頃、
テレビで先生が教えてくれる爬虫類のことがとても楽しみでした。
知れば知るほど爬虫類が大好きになり、今の自分がいます。

いつかお会いして、そうお伝えしたかった。
御体が悪いとは聞いていたけれど、あまりにも早い死が残念すぎる。

千石先生のご冥福をお祈りいたします。
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姐さん [その他]

一昨日、姐さんが亡くなったと聞いて昨日、
kajikajiさんのお店に行って半年放置していた髪をカットをしてもらいつつ、
姐さんの話を聞かせてもらい、帰り際に動かなくなった姐さんの画像を見せてもらってもまだ、
実感がなかった。

今朝、リクガメの画像フォルダに入っているたくさんの姐さんの画像を見ていたら、
昨日見せてもらった動かない姐さんの画像との違いにだんだんと、
姐さんは動かなくなってしまったのだと実感が湧いてくる。
突然いなくなるというのは、いつもこういう感覚だ。
実感するまでに時間がかかる。
脳内で理解していても感情が追いつかない。

画像を見れば見るほどに、涙が止まらなくなってきて今、困ってる。
困ってる横で、発情中なのか朝からごはんも食べずにぐるぐると歩き回る、
マチルダの足音だけが部屋に響いていて、その音を聞きながら、
このトッティ邸で過ごした姐さんの写真を見ていると、いろんなことを思い出す。

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こんなでかい牛ケヅメとガチホモのホシガメのいるところに連れてこられ、
それでも「しれっー」とごはんを食べていた姐さん。

いつか姐さんとマチルダのベビーが見れる日が来るかも知れないと思ってたけど、
夢に終わってしまった。
卵詰まりになった卵はもしかしてマチルダとの卵だったのかな。
そう思うと申し訳ないのと悲しいのとでやりきれない。

姐さん、いつかマチルダがそっちに行ったら、
またその極悪顔で蹴散らしてやってください。
それで、また仲良く一緒にごはんを食べてやってください。
2011.8.10h.JPG
うちに来てくれてありがとう。
やり手ババアがいろいろ仕掛けてごめんね。
楽しい思い出をいっぱいいっぱいありがとうね、ルーファス姐さん。
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西に住む自分にできること [その他]

今回の地震の被害の大きさに言葉が出ません。

遠く離れた関西に住んでいる自分に今できることは節電かと思いきや、
関西で節電してもその分が東北電力、東京電力にすべていくわけではないそうです。
以下、関西電力のホームページより抜粋。

-----------------------------------------------------------
○今回の震災復旧に際して、当社名でお客さまに節電に関するチェーンメールを送ることはございませんので、ご注意ください。

○当社はお客さまへの安定供給を維持した上で、11日夕方から、電力各社と協力しながら最大限可能な範囲で電気の融通を行っております。[注]

○平素より皆さまには省エネ・節電にご協力を頂いておりますが、今のところ、お客さまに更なる特別な節電をお願いするような状況にはございません。

[注]東日本と西日本では、電気の周波数が違います。従って、関西電力の電気を
   東日本に送るには、周波数を変換しないといけません。この周波数変換施設
   の容量には上限があります。
-----------------------------------------------------------

とのことで関西で出回ってる節電のチェーンメールは嘘。
既に最大限可能な範囲で電力供給はしているみたいです。
とは言え、東北の人たちが寒さに凍え、関東では電力不足のため
明日から輪番停電が決定した中、
ぼへーっと今まで通り電気を湯水の如く使い続けることはさすがに心が痛むので、
グリコが戎橋のグリコ看板を消灯した如く、うちでも、

エアコンをやめてガスファンヒーターにする
◆さっさと寝て無駄な電気を使わない
リビングのエアコン、テレビ、照明の3点セットをつけっぱで朝方まで転寝するのが日課になっているダメなおかんを早めに叩き起こしてさっさと寝室で寝るよう促す

ぐらいのことはしようと思った次第です。
結局遠く離れた西の地に住む一般市民が役に立てることと言えば義援金の送金ぐらいなので、
信用できる機関(日本赤十字社等)で義援金の呼びかけが公開され次第、送金しようと思います。

惨状をテレビで見ていると「自分も何かしたい!」と気持ちが焦ります。
自分に何の被害もなかった分、何かしたい気持ちが募ります。
けど現状、できることは本当に限られていて、余計なことをすると逆に迷惑だったりとか、
そんな罠も多いようです。
救援物資を送ったつもりが、その物資の仕分けで被災地の方々の手を煩わせてしまうとか、
よかれと思って送ったもの(生ものや古着など)が被災地でただゴミを増やすだけの物だったとか、
過去にそんな事例がたくさんあるようです。
時間が経てば、ボランティア募集に応募して現地で活動するなどのこともできるようになると思いますが、
今は落ち着いて静観することも「自分ができること」のひとつではないかと思います。

1人でも多くの人が大事な人と再会できますように。と、祈るばかりです。

最後に、関東在住のカメ友さんへ。
こちらでは普通にスーパーで物が売っています。
輪番停電決定でリクガメやその他動物を保温するための物資が売り切れになったりとか、
何か足りないものがあったら遠慮なくメールください。
現在、東北には荷物受付停止で送れませんが、関東には送れるようなので、
こちらで購入でき次第すぐに送らせていただきます。
悪いからとか、そういう気持ちは捨てて、困ったことがあったらどんなことでも教えてくださいね。
この困難を乗り越える手助けをさせてください。
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リタイア [その他]

11月から勤めていたニャーの会社を2月8日で辞めてきた。
後悔はしていない・・・・!
うん、300年経っても後悔しないよ絶対。
もう笑えなくなってしまったからどうしようもない。
福もこねーよ。

仕事が忙しいのは慣れれば平気になったけど、
てかむしろメリハリがあっていいと思ってた。
どんなに忙しくても会社の空気が良ければ続けられたと思う。

「社風は明るく家庭的で、社員の定着率も高い。」

と書いていてネコもいて、喜んで入社させていただいたけれど、
家庭的じゃなくて、「ご家庭」だった罠。

会長、社長、専務(女性)、先輩(女性)がご家族なバリバリの親族会社で、
創設者の会長が白だと言えば黒も白、みたいなジョンイルちっくな会社。
ご家族様たちは楽しそうにしてたけど、わたしみたいな新人の部外者にはきつかった。
「仕事はできて当たり前」
と言う空気。
新人を育てるという感じではなく、新人は荷物って感じ。

仕事に携わっていない会長は逆に気を使ってくれるが、
気の使い方が独裁的と言うか、休日の土曜に家に電話をかけてきて、
「よかったら一緒にランチを食べに行こう」
などと言ってくださるなんとも言えない親切さ。

入社してから知ったけど、
わたしの前に入社した女性2人が、入社半年以内で辞めていた。
それプラス、これは根性なさすぎの例外だけど2週間で逃亡した同期の男性。
どこが定着率がいい会社なんだと。

凹んだり立ち直ったりしながらできるだけ続けようとがんばってきたけど、
がんばればがんばるほど苦しくなってきて、
会社に行きたくないという気持ちが強いせいか、
夜中に目が覚めたり、毎朝の吐き気だとか、水うんことか(表現を包み隠せと)
日曜の夜にひとり泣き出したり、金曜の夜は嬉しくてやたらテンションが高かったり、
そんな感じで自分に今までにない異変は感じていた。
それでもがんばってれば状況が変わるときがくるだろうと思って、
辞めたらそれまでだと思ってひたすら金曜を楽しみに会社に行っていた。
そしたら仕事中、専務に呼び出されてこんなことを言われた。

大して仕事渡してないのになんでそんなに残業してるのかわからない。
今の仕事量でそんなに残業してたらこの先、仕事が増えたら夜中まで残業しても終わらない。
2ヶ月も経ったんだからもっと早く仕事してもらわないと困る
正直言って今はみんなあなたに仕事が回せなくて困ってる状態だから。

まあ、わたしはどんくさい方なので確かに仕事が遅かったかも知れないが、
しょっちゅう電話がかかってくる取引先の会社の人ですら用件のついでに、
「覚えることが多いから業種やから半年でやっと慣れてくるって感じやと思うから、がんばりやー。」
と言ってくれてたので、面接のときからいろいろ話をしてわたしのことを
あの会社の中ではいちばん知ってくれているであろう専務にこう言われてショックだった。
いろんな仕事があるのでわかりにくいものは時間がかかったけど、
わかるものや慣れてきた仕事については、だんだん片付けるのも早くなってると自分では思ってた。

がんばってたつもりが、逆に足をひっぱってたと気づいて更に落ち込み、悪循環。
仕事の種類が多くて、今まで聞いたことのない用語が多く、
これを覚えれば大丈夫ということもなく、2ヶ月経っても初めて見るような仕事が入ってくる。
それらに対して早くやるのはわたしには無理だし、
専務の話を聞いてから自分が本当に無能でダメな人間に思えた。

安定した仕事を続けることを望んでる父には困らすだけなので黙っていようと思ったのに、
夕食のときに仕事の話になったのでつい専務に呼ばれた話をしてしまった。
また「恋でもしろ」とか言われると思ったら、

「もうそんなとこ行かんでええ。人の努力もわからんような会社は辞めてしまえ!」

と意外な言葉が返ってきてわたしは思わず泣いてしまった。
辞めたら結婚相手でも探せとか言われるのかと思ったら、

「貧しく身を寄せ合って生きてれば家族が食うぐらいなんとかなるやろ。」

と更に意外な言葉が返ってきてわたしの涙は止まらなくなってしまった。
母にも、「このままだと病気になってしまう。」と心配され、
結局その翌日、退職届を出した。(行動が早い件)
普通出したその日に辞めるとか、会社ではあり得ないことだけれど、ここは会長政権の会社。
会長の承諾さえ得れば常識など関係なく辞めれるはず。
と思ったら大正解だった。
「え?今日?!」
と専務が驚いたところで、会長の決定は覆らず、
わたしは退職届を出したその日に辞めることができた。

以前、飲みに誘ってくれた会社の人に、
「せっかく気にかけてくれたのにすいません」
と挨拶すると、
「こんなことしてたらたぶん次に入ってくる人も同じことになると思う・・・」
と言っていた。
この人がいくら正論を意見をしても体制が変わらない会社。
もっと、いい会社で出会いたかったな。

ご縁で入ったニャーの会社だったけど、結局ご縁がなかった。
こんなすぐに退職なんて経験は初めてだったので正直戸惑うし、
また見つけた会社がこんな感じだったらどうしようとも思うけど、
求人票には載ってない部分なので、そのときはそのときと思うしかない。
てかそれ以前にもう正社員で入れる会社なんてねーよwwwww
と思いつつ、再び無職に突入。
今度こそ昼間のブランコに乗りそうな予感でイッパイ★イッパイです。

とりあえず、前にいただいてた失業保険の続きをあと89日分もらえるそうで、
就職祝い金までハロワからもらったのにまだ残りの89日分をもらえるとか、
かけててよかった失業保険。
祝い金もまだ置いてあるし、今度は本当に慌てずしっかり探そうと思う。
前回も「慌てないほうがいい」ってアドバイスをコメントでくれてた人もいたのに、
慌てて見つけてこんなことになってるアホのわたし。
今回こそは、金が無くなったらバイトしながら探す、ぐらいの気持ちで挑もうと思う。

てことで、気がつけば愚痴ブログみたいになっていたここ数ヶ月のわたしのブログだったけど、
心配したり、励ましてくださったみなさん、ありがとうございました。
非常にダメなカタチで終わってしまいましたが、いつもの自分に戻れたことが今はひたすら嬉しいです。
また明日から、マチルダとトチエモンの呑気な様子をお届けします☆
この2ヶ月、ろくにトチエモンとも戯れていなかったので、思いっきり戯れようと思います(´∀`)
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あけましておめでとうございます [その他]

あけましておめでとうございます。
2011.1.4.JPG

今年のお正月は1ヒト2カメではなく、
4ヒト4カメ、実家でのお正月となりました。
昨年はいろいろあった中、コメントやツイッターで励ましてくださった方、応援してくださった方、
アドバイスくださった方、心配してくださった方、みなさまほんとにありがとうございました。
とても嬉しかったです。
また、コメントはしなくともブログを読んでわたしの行く末を案じてくださった方々、ありがとうございます。
いろいろありましたがおかげさまで今年も無事、リクガメブログを続けることができそうです。

昨年はリアルジェットコースターに乗っているかのような1年でした。
半年前に、誰が

『サヨ、実家の自室の半分にトッティ邸建立』

とか予想できたでしょうか。(できるできない以前にそんな予想しない件)

いろいろあったけれど、最終的には再就職まで辿り着きました。
・・・まあ、再就職した会社は忙しくて毎日ヘトヘトで激しくきついんですけども、
再び就職できたことで親や親戚を安心させることができただけでもよかったと思っています。
おかんが言うには、

「結果オーライ」

だそうです。
わたしのしんどさは度外視ですかママン(´Д`)

ちなみに同期入社した25歳男性は「精神的に苦痛」とわたしに愚痴ってたのですが、
入社後2週間ぐらいで逃げるように辞めてしまいました。
はえーよwwwwwwwww

新しい会社に入ると、仕事に慣れたり人に馴染むまではどんな職場でもしんどいですよね。
会社によってそれが短くて済むか、長くなるかはいろんな条件で違ってくるけれど、
このご時勢にせっかく入れてもらえた会社なので、わたしはもう少しがんばろうと思います。
てか、わたしの場合はいかに前の会社で仕事をしていなかったかよくわかった、って感じなので、
13年間分の給料泥棒が捕まった、と言いますか、
あれ、これ罰なの?的な、そんな感覚もあります。(おまえ前の会社でどんだけ遊んでたんだと)

【結論:あの会社で13年勤続の後だとどこに勤めても絶対しんどい。】

今はそんな感じで少し落ち着いていますが、
ついこないだまでは会社に行くのが凄く辛くて現実逃避してました。

「これは夢だ。起きたらわたしはまた前の会社に普通に出社するんだ」とか、
「わたしがサニー号に乗ったらポジションはサンジの助手で船長の嫁」とか、
「ゴミ捨て場にQ10の男性バージョンが落ちていたら即持って帰って奥歯のスイッチ押す(要するに佐藤健ロボ)」とか、
「このままハンターだけやって生きていきたい(PSPで双剣振り回しながら)」とか、

そんなろくでもないことばっかり考えて生きてましたからね。
あと、本気でタイムマシーン探してました。
ほんとに末期でしたね。

そんなこんなで、いろんな意味で年月が積み重ねるものは大切だと気づいた2010年でした。
2010年までは積み重ねたもので楽をしてきましたが、
2011年はひたすら積み重ねて行く修行の年になると思います。
こんなこと書いておいてもし挫折して再び無職になってたら、
笑wっwてwくwだwさwいwwwwwwww(笑えない件)

12月は仕事の忙しさと狩りの忙しさが合体して気がつけば1回しかブログを書いてないとか、
久々に散々なことになってますが、1月から11月は完全週休2日らしいので、
思いっきり狩りに行きtいい具合にトッティ邸をウンコ色に染め始めた牛の様子や、
牛にウンコ色に染められているマチルダ氏のことなんかも書きたいと思います。
あと、1つ残念なことがあったのですが、それもまた次回に。

今からデッキブラシ振り回して掃除してきます。
今年もよろしくお願いいたします(´∀`)ゝ
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ぶりくら市2009 [その他]

ぶりくら市出店の準備のために金曜夜に到着したサナエさん。
今回は遊びじゃないのよ!ってことで酒は控えめに。
控えめなのでワインの白と赤、計2本用意した。
反省はしていない。

白でホタテのマリネ、サラダ各種、
赤で牛スネ肉の赤ワイン煮、ヘレステーキをペロリと平らげる。
しかも各自肉持参とかどんだk
サナエさんの牛スネ煮のうまさは異常(*´ρ`)
ほろ酔いでお互いまさかの家着で銭湯へ。
帰ったら即寝で初日が終わる。
※食べ物の画像はヘビ休参照。

翌日は出店の準備で兵庫県までドライブ
帰りに何を食べるか車の中で会議する。
ぶりくら前日だし、お酒は飲まない方がいいかも・・・
などとまともな意見が出たのに結論は焼き鳥屋へ。
家に着くなりダッシュで焼き鳥屋とか。
バスに乗り遅れたからタクシー使って焼き鳥屋とかどんだk
しかし我らはがんばった。
焼酎2杯で留まったもの、(しかしロック
日本酒2本で留まったもの、(しかし1本目は2合徳利)
それぞれなりにがんばった。
銭湯で水風呂ヒャッホイしながら明日に備えて即寝で準備の日が終わる。

ぶりくら当日。
まさかの集合15分前到着でばっちりすぎる我らに自画自賛。
出店準備も終わり、開場前に他のブースを見て回っていると、
なんとも美しいベルツノガエルが並んでいるのを発見。


(*´Д`) ほしい・・・・・・・・・。


いやいや、うちはあいつがいるしな・・・
あまり動かないカエルとは言え、牛エモンがいるからな・・・。

とりあえず落ち着いてその場を離れ、グッズを売っているブースに向かう。
悩んだ末、ケヅメリクガメのストラップと、お土産にホシガメのストラップを購入。
だがしかし、やっぱり自分用のホシガメのストラップも欲しくなり、
引き返してホシガメも購入。
ホシガメとケヅメでマチとトチヽ(´∀`)ノ

そしてぶりくら市が開場。
いらっしゃいませー!
1.jpg
↑ かわええ(*´Д`)

この女のコはわたしがお手伝いしたブース主さんの娘さんで、
店番しているブースは、なぜかお向かいのブース。
このお向かいのブースがなんだかすごく似合っていて激しく和んだ(*´∀`)

しばらくするとkajikajiさんが差し入れを持って登場。
ありがとうございます。
ありがとうございます。(嬉しくて2度言う)
何度か見て回ってきたkajikajiさん、ぼそりと一言・・・

「カメレオンがね、めっちゃいいんですよ」

なんだと!
カメレオンだと!
興味深々で一緒に見に行ってみると、
そこにはパンサーカメレオンがいた。
横には、美しい色をした親の展示もあった。
やべえ・・・これは・・・・


(*´Д`) ほしい・・・・・・・・・。


kajikajiさんが飼おうか悩んでいる横で、
わたしも飼いたくて激しく悩んでいた。
ここでも思うことは1つ。牛。
やはり牛エモン。
あいつがいる限り生体を増やすことはやっぱり容易にはできない。
飼育環境などを聞いているとどう考えてもkajikajiさんのお店にぴったりだったので、
kajikajiさんに激しく勧めてしまった。
後悔はしていない。
そしてkajikajiさんご購入(*´∀`)
ケイティママさんがおられるとのことで、そのまま一緒にご挨拶に。
kajikajiさんが嬉しそうにケイティママさんにカメレオンの件を告げると、
「それ、どうするの?虫食べるのよ?」
と軽く問い詰められていたwwwwwwwww
そしてケイティママさんちの西ヘルマンが、すごくかわいかった。


(*´Д`) ほしい・・・・・・・・・。


ヘルマンと言えば、とっさに平面でマウる紅男さんを思い出し、
これ以上サヨ家をカオスにしてはいけない・・・と、やはり思いとどまった。
ここはトチエモンが出てくるまでもなく、紅男さんが阻止してくれた。
そう言えば最近、ペットボトルを見ているとげるさんちを思うようになったわたし。(どんだk)

全体的にリクガメを出しているお店は少なかった。
ホシガメで出店できたら最高だろうなぁなどと思いながら、
パンサーカメレオンを持って幸せそうに帰るkajikajiさんを見送った。
カメレオンがちょっと大きくなった頃に、髪切りに伺いますので(*´∀`)ノ
(今すぐ行った方がいいぐらい髪はボウボウな件)

終了10分前、ホタルの光が流れはじめ、16時になるとぶりくら市は終了した。
ホタルの光よりも強烈に終わりをつげてくれたのがこの光景。
すやすや・・・・。
2.jpg
↑ はうああああかわいすぎる(*´ρ`)
店番、お疲れ様(*´∀`)

ブースの片付けをしてサナエさんを新神戸駅まで送って家に戻る。
初めての経験だったのでぐったり疲れた。
ヘビが何食べるのかすら知らないでお客さんが買いにくることに驚いたけど、
サナエさんに、
「わたしも3年前はそうだった」
と言われて驚いた。
全くの初心者でもしっかり飼い方を教えてもらい、
そこから飼育を始めて行く。
わからないことがあれば連絡くださいね、と名刺をくれる。
いいな、ぶりくら。

片付け要員ぐらいでしか役には立たなかったけど凄くいい経験ができた。
サナエさん、声かけてくれてありがとうでした!

そして家に帰るとトチエモンが部屋いっぱいにしっこ臭をふりまいて寝ていた。
おま、どんだけ排尿ですかwww湿気すげえwwwwwww
おまえがいるのでやっぱり他の生体は衝動飼いできなかったですよ。
そのぶんずっとずっと元気でいてくださいよね(´ー`)

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美味しそうなスネ肉画像が見れるサナエさんのぶりくら市日記はコチラ★
(ヘビが大嫌いな人は注意です)
カメ休別館、ヘビと休日
http://kame9.net/snake/index.htm

パンサーカメレオンをご購入のkajikajiさんのブログはコチラ★
星模様なやつら☆☆☆
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ありがとう、でかたん。 [その他]

人と人に出会いがあるように、
動物と人にも出会いがある。

出会ったこと、知ったことにより、その動物に対しての考え方が変わることがある。
わたしはぶっちゃけて言うと、トチエモンはバカだと思っていた。
でもある日、バカはわたしだったと気づいた。

トイレを覚えているケヅメヒョウモンのでかたん。
小さい頃からコツコツと覚えさせたのは、飼い主さんだった。
トチエモンの飼い主のわたしには、そんな発想は無かった。

でかたんはトチエモンとは全然違った。
おとなしくて、シャイで、賢くて。
けれど全然違うのはカメだけでなく、飼い主も全然違った。
いつウン子をするかわからないトチエモンと、
毎晩一緒に寝ようなんて思ったこともなかった。
だからでかたんを見てびっくりした。
そして、羨ましいと思った。

たまたまマチルダの鼻水をきっかけに、部屋を綺麗にするようになり、
綺麗になるとわたしもそこで再び生活するようになり、
そこに布団を敷いて眠るようになり。
トチエモンの規則正しいウン子を促すためにも、毎朝風呂に入れてウン子をさせる。

すると、トチエモンは数日前から呼んでもいないのに布団で眠り出した。
乗っ取りみたいになっているけど。
でかたんとINNALさんのようにはまだ行かないけど。
ケンカしながらだけど、一応一緒に寝るようになった。

わたしにいろんなことを気づかせてくれたでかたん。
ブログを通して、でかたんの行動を通して、いろんなことを教えてくれた。
大型のリクガメはこんなこともするんだよ、と。

昨日、自分のブログを更新した後、INNALさんのブログで、でかたんが亡くなったことを知った。
会社なのに、涙が止まらなくなった。
何か、INNALさんを元気づけることを・・・書かないと・・・
そう思っても、出てくるのは涙ばかりで、INNALさんにかける言葉は出てこなかった。

結局、まとまらない文章でお礼を言うだけしかできなかった。
ずっとでかたんが大好きだと伝えることしかできなかった。

昨日の夜、でかたんを思ってわんわん泣いた。
今、こうしてトチエモンと寝ているのも、
ちゃんと1日1回ウン子が出るように心掛けているのも、
全部でかたんのおかげだと。
そして、今のINNALさんの気持ちを思うと、涙が止まらなかった。


でかたん、本当にありがとうね。
いろいろ教えてくれてありがとう。
これからもずっとずっと忘れないです。
最後までよくがんばったね。
安らかに眠ってね。


もう泣くのはやめて、またINNALさんがここを見てくれたときに、
思わずプッと笑ってしまうような、そんな楽しいブログを書いて行こう。
カメ君の分と、でかたんの分もトチエモンは大きくなって長生きしないとな。
がんばれトチエモン。
そしてがんばれ、わたしの腰。
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神奈川スローロリス行方不明の件 [その他]

保護されたようなので記事削除しました。
かわいそうなスローロリスが幸せになりますよう、お祈りいたします。
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